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【松本】旧開智学校を訪ねる December 2019

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EKD_8021-Edit Nikon Z 7 + NIKKOR Z 50mm f/1.8 S

2019年12月の松本観光の続きです。食レポも含めて、数日続きますので宜しくお願いします。

当たり前ですが、2019年に国宝に指定された旧開智学校にも行ってきました。松本城の裏手方向にあり徒歩圏内ですが、目の前に停まったコミニティバスに飛び乗り楽をしました。妻は「歩いてたらトンデモナイ!」とか言ってましたが、頑張れば直ぐの距離です。結局往復コミュニティバスに乗りましたが、交通系の電子マネーは使えませんでした。

さて、旧開智学校は、1876年に長野県松本市中央に建てられその後、開智に移築された明治時代初期の擬洋風建築の校舎です。この擬洋風建築と言うところが見どころなのです。今日も最後までお付き合い下さい。  

目次

国宝 旧開智学校

旧開智学校は明治6年(1873)5月6日、筑摩県学を改め学制による小学校として、廃仏毀釈で廃寺となった全久院の建物を仮の校舎として開校しました。新校舎は明治9年4月に全久院跡地に竣工し、昭和38年3月まで約90年間使用された、日本で最も有名な小学校校舎です。
 地元の大工棟梁立石清重が設計施工したもので、現存校舎のほかに30余室の教室棟が設けられており「広大華麗・地方無比」とうたわれた大規模校でした。
 工事は、当時のお金で1万1千余円の巨額なもので、およそ7割を地域の人々が負担し、残り3割は特殊寄附金及び廃寺をとりこわした古材受払金などで調達しました。
 開智学校は後に様々な教育機関に発展し、松本地方の教育センター的役割を果たしました。
 近代学校建築としては初めての国宝となった旧開智学校校舎、国宝指定にあたっては、「近代化を推進した開化期の洋風建築受容を示し、近代教育の黎明を象徴する最初期の擬洋風学校建築として、文化史的に深い意義を有する」と評価されました。

HPから出展

▼横着して NIKKOR Z 50mm f/1.8 Sで撮ったので全体写真がありません。

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▼明治22年の鬼瓦。220kgあります。新築当時は銅板飾りだったそうです。 

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▼隣の現開智小学校の生徒さんが掃除をしています。聞くと毎日の様です。こうやって受け継がれて行くんですね。 

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▼桟唐戸 

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▼桟唐戸の木目塗り 

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擬洋風建築。敢えて説明を省きましたが、和の下地が見え隠れしていますね。今日はこの辺で。最後までお付き合い頂き有難う御座いました。

 

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