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【日光】日光山輪王寺大猷院の大改修した「二天門」と、名が変わった「増長天」を訪ねる(その2) October 2019

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EKD_7322-Edit Nikon Z 7 + NIKKOR Z 24-70mm f/4 S

 

「平成の大修理で生まれ変わった日光東照宮陽明門を訪ねる」の続き ↓ 

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2018年に世界遺産二社一寺で最大の楼門である日光市山内、日光山輪王寺大猷院(たいゆういん)の「二天門」が56年ぶりとなる大修理が完成していました。東照宮に続いて、こちらも訪ねました。当たり前ですよね。

私はこちらも2015年に訪ねています。色々変化がありますので楽しみにお邪魔しました。最後までお読み頂ければ嬉しいです。 

 

目次

輪王寺大猷院

▼大猷院は徳川三代将軍「家光公」の廟所です。世界遺産にある境内には22の国宝・重要文化財があり、315の灯篭も並んでいます。東照宮に眠る祖父の「家康公」を凌いではならないという遺言により、金と黒を使用しした重厚な造りになっているそうです。すでに、入口の「仁王門」が見えますが、この仁王門から拝殿、そして本殿までの道のりが、天上界に昇って行くような印象を受けます。かなりの登りです。

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仁王門

▼仁王門 は左右に仁王像が置かれていることから仁王門となっています。仁王像が先なんですね。平日なので空いています。写真に写っているのは海外からのお客様、綺麗な女性でした。

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▼右の口を開けている方が密迹金剛。手に金剛杵を持ち、仏様をお守りする夜叉神。元は神様ですが、神仏習合から左側の那羅延金剛と一緒に寺の門を守っています。

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▼左の口を結んでいる方は那羅延金剛。同じく仏様をお守りする神様です。こちらの方が強そうですと娘が言っておりました。

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二天門 

▼こちらが56年振りに修理を終えた二天門です。当然、重要文化財です。徳川3代将軍家光の霊廟大猷院を代表する楼門です。 漆などの剥落や腐食、虫害が酷かったらしいです。

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▼二天門には四つの像が安置されています。正面右手の像の呼称がなんと240年ぶりに名を改めました。そんなことってあるんですね。「持国天・広目天」を「持国天・増長天」に変更したのです。

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▼こちらは今も昔も持国天。

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▼こちらが呼称が変わった増長天。

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呼称が変わる像は二天門に向かって右側に置かれ、刀を右手に持つ。首の内部には「寛政九巳(西暦1797年)~廣目」と墨書。「廣目」は四天王(増長天、多聞天、持国天、広目天)の広目天を指しており、この当時から輪王寺はこの像を広目天としてきた。

 しかし筆を持つはずの広目天が刀を持っていることや「古写真で二天門内の像の配置が入れ替わっていた」など、疑問点が伝えられてきた。そこで2014年からの像の修復に合わせ、輪王寺は調査を行ってきた。

 調査では、本殿最奥部の宮殿の四隅にある四つの像に注目。本殿に関する記録では梵天(ぼんてん)、帝釈天、増長天、多聞天とあるが、刀を持つはずの“増長天”像は筆を持っていたという。

 輪王寺は「この像が本当の広目天」と推測し、寺内の古い文献を調査。その結果、大猷院完成当初は各像の名称は明確にされておらず、1778年に像の名称と配置を記録したことが分かった。

 像の持ち物が逆であることに加え、「持国天・増長天が前方、多聞天・広目天が後方」という四天王の配置が奈良市の唐招提寺金堂と一致することから、二天門右側の像が増長天であるという結論に至った。 

出典元:下野新聞 

▼内側には強面の風神と雷神が安置されています。

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▼少し上から覗くと仁王門はとても綺麗です。

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▼娘は勢いをつけて階段を登っていきます。 

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展望所

▼展望所から下を見ると、石灯籠が沢山並んでいるのが見えます。当時の大名からの献上品で、ここからの眺めが天上界から下界を見おろした風景と例えています。

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夜叉門

▼夜叉門です。こちらも重要文化財。四体の夜叉「阿跋摩羅(あばつまら)、毘陀羅(びだら)、烏摩勒伽(うまろきゃ)、犍陀羅(けんだら)」が安置されている為、夜叉門と呼ばれ霊廟を守っています。夜叉門には、撮ってませんが牡丹の花が彫刻されていて、別名【牡丹門】とも呼ばれていまるそうです。夜叉像の中でも【烏摩勒伽】は全国でもめずらしい仏様です。 

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▲もう登る登る

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▼毘陀羅(びだら)像

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▼阿跋摩羅(あばつまら)像

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▼犍陀羅(けんだら)像

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▼烏摩勒伽(うまろきゃ)像

この烏摩勒伽が持つ金の弓矢が破魔矢の発祥であるという伝承の説明がありました。この輪王寺では、かなり俗っぽいと思いますが、それにちなんだ龍神破魔矢が売られています。まっ、買ってきましたけど。

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▼青色の烏摩勒伽の膝を良く見ると白い象が。これが膝小僧の語源になったと説明があり。信じる信じないもあなた次第です。

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皇嘉門

▼皇嘉門は奥の院の入り口に当たる門です。明朝様式の竜宮造りで、別名「竜宮門」と呼ばれています。この門の先に、家光公のお墓所があるのですが、此処から先には入場出来ません。家康公の墓所は拝観できるのですが残念ですね。 

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今日はこの辺で。いつもの写真たくさんの物見遊山のエントリーになってしまいました。その2は家光公の霊廟の大猷院のエントリーの予定です。最後までお付き合い頂き有難う御座いました。

 

  

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