八五九堂 Blog 

船橋を愛するオヤジの写真とカメラと酒麺クロニクル  

印西に神秘的なお寺、摩尼珠山医王院松虫寺 October 2017

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 昨日の記事のガーデンカフェ マツムシコーヒーの続きです。ガーデンカフェ マツムシコーヒーは、天平17年(745年)建立の由緒ある寺院、松虫寺の旧休憩所に2012年新装オープンしたCafeなので、隣りと言うよりも敷地内と言った方が正しいかもしれません。知らんけど。  

 この松虫寺、場所柄印旛沼ロードを流すロードバイカー等が立ち寄っていましたが、便が良くないのでマツムシコーヒーから流れて来る参拝者しか見掛けませんでした。社務所?も閉まっているし、淋しいけれど由緒あるって感じの寺社でした。宜しければ最後までお付き合い下さい。

 

 さて、成田の麻賀多神社について少しだけ調べてみました。

松虫寺は、聖武天皇が僧・行基に命じ形像6躯を造らせて七仏薬師を刻ませ、また都の工匠たちをこの地に遣わし、その薬師をまつる大きな寺を建てさせました。
寺は姫の名に因んで松虫姫寺と呼ばれ地名も松虫となりました。
天平の頃、聖武天皇の第3皇女松虫姫は幸せな日々を送っていました。いつからか病臥の日が多くなりました。ある日、下総萩原の薬師如来が姫の夢枕に立ち、「東国に下向して祈れば難病も癒ろう」とのことでした。そこで天皇は姫を牛の背に乗せ、行基が随って下総に来ました。下総の印旛にある萩原の地に着くと、姫は草案を結び、一心不乱に祈りをささげ、ついにその病に打ち勝ったとされます。
寺は「摩尼珠山医王院松虫寺」と呼ばれます。七仏薬師像は明治の神仏分離令により、神社の所管に移されています。境内には、六所神社、松虫姫神社が建てられています。

国指定文化財である七仏薬師像は、坐像を中心に立像が三躯ずつ左右に並んでいます。平安初期の古様像を典拠に12世紀頃に製作されたものと考えられ、着衣の形において中尊坐像と立像に違いがあること以外、作風や顔の形は全く同じで、同じ仏師によって一具のものとして作られたようです。
松虫寺のように坐像と立像の組み合わせは他に例がありません。古い様式の七仏薬師は、全国的にみても珍しく、ここ松虫寺と鶏足寺(滋賀県)だけです。
なお、台座の裏には墨で眉、眼、唇、髯などの落書きが見られます。像高は中尊坐像が54.3cm、立像はいずれも38cmの小像群です。
この仏像は、33年に一度御開帳を迎える秘仏とされています。直近の御開帳は2012年11月18日でしたので、次回は2045年の御開帳になります。

 引用:http://maruchiba.jp/index.html

  

最初のカメラ構成は、Nikon Df + Nikon Ai Nikkor 24mm F2.8

 とても立派な寺社でした。24mm広角レンズで撮っています。ピントはMFでフォーカスエイド任せです。

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 差し込む陽の光が幻想的でいい塩梅です。

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 木造薬師如来坐像・木造薬師如来立像(七仏薬師)を拝見したいけれど、直近の御開帳が2012年11月18日たったそうです。次回は2045年の御開帳になります。生きていません、多分。

 

Nikon Df + Nikon zoom-nikkor 43-86mm F3.5

 印旛沼のわたしの写真スポットで少々立ち寄り。妻がパシャパシャ撮っている間に、車から身を乗り出して横着スタイルで撮った2枚です。場所は貸しボート屋さんです。センサーのゴミ跡の処理をしましたが、若干の周辺減光を残して綺麗に撮れています。

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 今日はこの辺で。弊Blogをお訪ね頂き有難うございました。